「仕事辞めたい」「疲れた」
40代になってから、そんな言葉が頭から離れなくなった。
でも同時に、こんな声も浮かんでいませんか。
「まだ働けているし、甘えているだけなんじゃないか」
「みんな我慢してるのに、自分だけ弱いのかもしれない」
もしかしたら今、布団の中で、スマホを片手にこの記事を読んでいるかもしれません。
明日の仕事を考えたくなくて、でも考えないわけにもいかなくて。
目は閉じているのに、頭だけがずっと動いている。
そんな夜かもしれません。
これ、少し前の僕でした。
この記事では、「辞めるべきか」「まだ頑張れるか」といった判断ではなく、40代という時期に「仕事辞めたい」「疲れた」と感じやすくなる理由を、筆者の実体験とキャリアコーチとしての見解をまとめました。
読み終えた時には「自分の気持ちは否定しなくていいんだ」と思えるはずです。
「仕事辞めたい」「疲れた」と思う40代は、実はとても多い

「こんなことを考えているのは、自分だけなんじゃないか」
検索しながら、どこかでそう思っていませんか。
でも実際には、40代になってから
「仕事辞めたい」「もう疲れた」と感じる人は、決して少なくありません。
声に出していないだけで、同じような気持ちを抱えたまま働いている人は、想像以上に多いです。
僕もその一人でした。
それなのに、この感情はなかなか表に出せません。
なぜなら40代は、「弱っている自分」を見せにくい立場にいるからです。
検索窓にこの言葉を打ってしまう夜の気持ち
昼間はなんとか仕事をこなして、家のことも最低限はやって。
表面上は、いつも通り一日が終わります。
でも夜、一人になった瞬間に、どっと疲れが出る。
テレビをつける気力もなく、ただスマホを眺めながら、
気づけば検索窓に「仕事 辞めたい」「疲れた 40代」と打ち込んでいる。
これは、「ちゃんと自分の状態を確かめようとしている」自然な反応に近いんですよね。
「辞めたい」は、決断ではなく“確認”の言葉
ここで大事なのは、
「辞めたい」と思った=「もう辞めると決めた」ではない、ということです。
多くの場合、この言葉の正体は、決断ではありません。
今感じているこのしんどさが、
- 自分がおかしくなったからなのか
- それとも、無理が重なった結果なのか
それを確かめたい気持ちに近いはずです。
だから、答えを出す準備ができていなくても当然です。
迷いながら検索している時点で、あなたはもう十分、現実を直視しています。
この段階で必要なのは、
「どうするか」を決めることではありません。
ただ、「そう感じている自分」を、否定せずそのまま認めることです。
40代で「疲れた」が深くなるのは、個人の問題ではない

ここまで読んで、「それでも自分が弱いだけなのでは」と思う気持ちが、
まだどこかに残っているかもしれません。
でも、40代で感じるこの疲れは、
気合や根性の問題というより、
そう感じやすい構造の中にいることが大きいです。
40代は「板挟み」になりやすい世代
40代になると、仕事の立ち位置が微妙に変わってきます。
現場の一員でありながら、責任は管理側に近づいていく。
でも、裁量や自由度は思ったほど増えない。
上からは「任せるね」と言われ、
下からは「判断してください」と頼られる。
その両方を受け止めながら、
自分のしんどさは後回しになりやすい。
逃げているわけではありません。
抜けられない位置に、自然と立たされているだけです。
ライフステージの変化が重なってくる
仕事以外の面でも、40代は消耗しやすい時期です。
子育てが一段落したと思ったら、次は親の体調や介護の話が出てくる。
家庭の中での役割も、少しずつ増えていく。
それでも、表からは「もう落ち着いた年代」に見られがちです。
誰にも大きく愚痴るほどではないけれど、
確実にエネルギーは削られている。
そんな状態が、何年も続いている人も少なくありません。
体力は落ちるのに、期待値は下がらない
もう一つ、見落とされがちなポイントがあります。
年齢とともに、体力の回復には時間がかかるようになります。
若い頃のように、無理をしても一晩で戻る、というわけにはいきません。
それでも職場では、
「できて当たり前」「前と同じ水準」が求められ続けます。
このギャップが続けば、
疲れが深くなるのは、むしろ自然です。
ここに、あなた個人の欠陥はありません。
「甘えかもしれない」と感じてしまう理由も、構造にある

ここまで読んでも、まだ心のどこかで、
「それでも自分は甘えているだけなんじゃないか」
そんな声が消えないかもしれません。
僕自身も、ずっとその感覚が残っていました。
でも、その感覚自体も、40代という立場が生みやすいものなんです。
意志が弱いからでも、メンタルが特別に弱いからでもありません。
40代は、弱音を吐く場所がなくなりやすい
若い頃は、しんどければ「しんどい」と言えた。
愚痴を言っても、「まあ、そういう時期だよね」で済んだ。
でも40代になると、そうはいきません。
上司には、
「この立場でそんなことを言うのか」と思われそうで言えない。
部下には、不安を与えたくなくて言えない。
家族に対しても、心配をかけたくない、空気を悪くしたくない、という気持ちが先に立つ。
結果として、
弱音を吐く場所が、いつの間にかなくなってしまう。
これが、40代のしんどさを見えにくくしている大きな理由です。
「まだやれている自分」が、自分を追い込んでしまう
もう一つ、40代ならではの落とし穴があります。
仕事は、なんとか回っている。
評価も、致命的に悪いわけではない。
周りから見れば、「ちゃんとやれている人」に見えている。
だからこそ、
「こんな状態で辞めたいと思うのはおかしい」
「まだ耐えられるはずだ」
そんなふうに、自分で自分を抑え込んでしまいます。
外から見た「問題なさそうな自分」が、
内側のしんどさを否定してしまう。
これが、「甘えかもしれない」という自己評価を生みやすくしています。
ここでも大事なのは、
あなたが弱いからそう感じるのではない、ということです。
そう感じざるを得ない立場と環境にいる、ただそれだけです。
辞めたいほど疲れている、という感覚自体を否定しない

ここまで読んで、
少しだけ肩の力が抜けていたらいいな、と思います。
「仕事を辞めたいと思うほど疲れている」
この感覚は、決して異常なものではありません。
それは“限界”ではなく、限界に近づいたサインかもしれない
この段階で、
「もう限界だ」と決めつける必要はありません。
ただ、これだけは言えます。
何も感じない状態より、
「しんどい」「このまま続けられる気がしない」と感じている状態のほうが、
自分の内側の変化に、ちゃんと気づいているということです。
それは、弱さではありません。
長い時間、無理を重ねてきた結果として、
自然に出てくる感覚に近いものです。
今は「一時停止(ポーズ)」を押してもいい時間
ここで、何かを決めなくても大丈夫です。
進むか、辞めるか。
頑張るか、休むか。
そういった判断は、
心と体に少し余白が戻ってからでも、遅くありません。
今はただ、
再生ボタンを押す前に、
一時停止ボタンを押している時間だと思ってみてください。
止まることは、終わりではありません。
考える余白をつくるための、自然な動きです。
僕も半年間ずっと辛かった時期があった
僕も半年間、心がずっと辛い時期があって、
毎日毎日「辛い、もうすべて投げ出したい」と思いながらも、
でも「家族もいるし、投げ出す自分になりたくない」と
相反する気持ちで過ごし、自分を取り巻く環境を変えようと行動し続けていました。
今では前向きに過ごせていますが、
少し楽になってきたきっかけは、
「まずはマイナスな自分の思いを否定しない」ことだと思っています。
自分の感情をジャッジしない。
ポジティブ=良い。ネガティブ=悪い。に、勝手にしない。
僕の場合は「感情を受け入れる」がキッカケでした。
まとめ:辞めたいほど疲れている自分を、責めなくていい
40代で「仕事辞めたい」「疲れた」と感じるのは、
あなたの気合や性格の問題ではありません。
責任が増え、逃げ場が減り、
体力は落ちていくのに、期待だけは下がらない。
そんな構造の中にいれば、疲れが深くなるのは自然です。
今この瞬間、
無理に前向きにならなくていい。
答えを出さなくてもいい。
ただ、
「自分はおかしくなかったんだ」
そう思えたら、それで十分です。
今はまだ、具体的に動く元気なんてないかもしれません。
でも、もし少しだけ心が落ち着いて、「今の状況を整理してみたい」と思える時が来たら、
下記の記事も見てみてください。
焦って決断して、後悔しないための判断基準をまとめてあります。
















・こーせー|ライフワークコーチ/SEO マーケター
・40代3児の父
・元居酒屋店長 → 世界一周 → Webフリーランス(SEOブログ月100万円)→ カフェ起業7年→Webフリーランス&GCS認定コーチ
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